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【元】花合野美術館のヒゲ館長



  
 

   
  


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 今朝も、ご覧のとおりの雨になって居ます。
DSCN3432[1]
 その景色をボンヤリ見て居ると、雲間から僅かにお山が見えました。

 雨樋が詰まって、雨垂れの音が聞こえて居ます。
DSCN3428[1]
 雨音とこの雨垂れの音で、静かな高原の朝とは程遠い今朝の湯布院です。

 その雨垂れから逃げ出す様にカタツムリが這って居ます。
DSCN3427[1]
 庭の草を刈ってしまうので、隠れ場が失くなったのに、一体何処から来たのやら???
 そのカタツムリの歩みを目で追いながら、今朝も≪献体≫の文字が頭に浮かんでいます。

 私のブログなんかで、このことに触れるのは良いのか悪いのか?ズ~~~ッと、今書きながらも悩んでいます。
 実は、閉館の翌日に北九州の美人の先輩が急逝した訃報が入りました。
 北九州市役所に入職して以来の付き合いでした。私よりひと月位先に就職され、お歳は八歳くらい上だったと思います。あれから数えると43年の付き合いと云うことになります。職場を異動してからもOB会でズ~~~ッと繋がって居ました。退職し美術館を開館してから、何度もお友達と来てくれました。又、血液検査で通って居た病院が先輩のマンションの近くに移転したことも在り、帰りに立ち寄って朝食を御馳走になって居ました。その後、カミさんが退職して一緒に行動するようになってからは中々お目に懸らなくなりました。
 持病を抱え、身の回りに色んなことが起きましたが、愚痴を聞いたことが在りません。いつも元気な笑顔で迎えてくれました。そんな中で、何時だったか「裕ちゃん、わたし死んだら献体しようと思うの・・・。」「何で・・・・先輩がそう思っても、子供さんたちは、どうなの・・・?」「身体はボロボロで臓器移植は出来ないから、何かお役に立つって、これくらいしかないし、娘にも言って居るから・・・・。」こんな会話だったと思います。その時は、まだ現実味が無かったので、正直、フ~~~~~ン凄いな~~!位の軽い感じだったと思います。で、そのことは完全に忘れてしまいました。
 お通夜に駈けつけて、御顔を拝見しましたが・・・・何んとも実感が湧きませんでした。
 葬儀の日が、私の母の三回忌の法要でしたので、お見送りが出来ませんでした。で、友人に電話をして、≪献体≫を聞いてビックリでした。それ以来、先輩の死と献体が頭から離れなくなっています。
 ≪献体≫と云う言葉を初めて聞いたのは、私の上司のお父さんの葬式の時でした。ご葬儀に出席したら、ご遺体は無く、既に遺灰になられての葬儀でした。実は、一年前に亡くなられており、ご遺体がお父さんの御意志で献体にされたので・・と聞いてビックリでした。御親戚の方との間で色んなことが在ったそうですが、本人のたっての希望と云うことで納得してもらったと云うことでした。
 今回も、ご遺族には色んな想いが在ったこととお察し申し上げるしかないのですが・・・・。
 今日は、これでお仕舞です。
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