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ひげ親父

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【元】花合野美術館のヒゲ館長



  
 

   
  


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 今朝の気温は16度も在ります。昨日と比べると8度も高い朝です。
 お天気は雨です。気温は、このせいもあるのでしょうか?
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 雨雲に隠れて、お山は全く見えません。
 ゴールデンウイーク前半三連休の最後の休日ですが、家族サービスをして、明日は出勤のお父さんには、一休みの恵みの雨かもしれませんね。しっかり後半の四連休に備えてくださいね!!
 
 さて、昨日です。

 連休だと云うのに、自分の美術館を放ったらかしにして、カミさんと表題に書きましたように、後藤龍二展と第65回記念二紀展(大分巡回展)へ行ってきました。

 朝、ブログを書き、朝食を済ませて、美術館を開館して、直ちに出発でした。
 7時半を過ぎた位の時間でしたので、道路も空いて居り、大分に着いたのが8時40分くらいでした。第65回記念二紀展(大分巡回展)の開館時間が9時でしたので、先に臼杵の後藤龍二展に行くことにしました。
 県道21号をひたすら走り、臼杵の町に着いたのが9時半でしたが、いつもの道で無かったため、少し迷ってしまいました。
 どうにか辿り着いたのが、9時40分頃でした。
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 会場のギャラリーHARU(旧中国陶磁美術館)には、まだ名残の看板が掛かったままでした。
 門を入ると、まずはこの綺麗なお花が出迎えてくれました。
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 満開の牡丹です。
 次に・・・・・?
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 招き猫ちゃん!頭を撫でると≪開運≫になるそうです。
 猫ちゃんの頭を撫で撫で、「千客万来」をお願いして、玄関を入ると、いきなりお知り合いになってくださった学芸員さんのお出迎えでした。

 まずは入場料をお支払いして、見せていただきましたら・・・・・画風が、こんなに変化されていたとは・・ビックリでした。
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 初期の作品から現在取り組まれて居られる作品まで、ほとんど網羅されていました。
 一巡の途中で、少し学芸員さんにお話を伺うことが出来ました。ありがとうございました!!
 私的には、初期の作品とモダンアート展に出品されていた作品に魅かれました。

 結局、一時間ほど見せていただいた後、この本を買って帰りました。
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 先年、東京国立近代美術館の『日本彫刻の近代』展で観た作家の一人、日名子実三さんの本です。
 この日名子実三さんが、臼杵の出身だったとは・・・・でした。

 学芸員さんへお礼を言って、美術館をあとにしましたが、そのすぐそばに神社が・・・。
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 チョッと停車して、写真をパチリでした。
 松島神社と云うのだそうですが、何んと菅原道真公をおまつりしていました。ハテサテ、どんないきさつやら??

 大分へ引き返す道は、朝とは打って変わって、大変混んでいました。で、えらく時間がかかってしまい、お腹がペコペコになりました。
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 会場は、写真に撮れませんので、看板だけです。

 玄関で、いきなり山崎哲一郎先生にお会いしました。
 案されて入った会場には、中央画壇の重鎮と呼ばれる作家、美術雑誌の常連の売れっ子作家、将来有望な新人作家、地元で地道に邁進されている作家さんの作品が、芸館を所狭しと展示されて居り、圧倒されました。

 ゆっくり見たかったのですが、椅子が会場から撤去されていましたのが堪えました。どうも空腹になると腰痛が増すようで、立っているのが辛くなりました。で、30分ほどで辞去する羽目になってしまいました。チョッと残念でした!!

 後藤龍二展・・・会期;5月27日まで 会場;ギャラリーHARU(中国陶磁美術館:臼杵市)

 第65回記念二紀展(大分巡回展)・・会期;5月6日まで 会場:大分県立芸術会館(大分市)

 どちらも素晴らしい内容ですので、是非ご覧になってください!!

<おまけ>
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 【クマガイソウ】です。
 神社前のEさんのお宅のお庭に咲いているのを撮らして頂きました。
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 今朝のお天気は晴れですが、何と気温は、0度です。
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 桜も咲こうとしているのに・・・どうしてでしょうか?
 田植えを待つツバメも来ているのに・・・・です!

 さて昨日です。
 カミさんの慰労&吾輩の道楽の言い訳のために、春のドライブと洒落てみました。
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 何のことはありません、実益を兼ねて?この案内状の「彫刻の丘」さくら祭りへ行ってきました。

 ブログを書き終えて、朝食を食べ、洗濯物を干して、開館を済ませ、最後にオシッコをして出発でした。

 案内状に描かれている道を探しながら・・・・・で、しっかり迷ってしまいました。
 どうもこのままでは別府の町に出てしまう????で、道を引き返しました。(このハガキに載っている地図はカミさんが見ていました。)
 戻り道でも、カミさんが、道の左側に在る筈という七蔵司公民館を探しながら????でしたが、しっかり、道路の右側にありました。(カミさんの言葉を信じなくて正解でした。)

 表示を見てわき道に入ったのでしたが、完全&完璧な山道・・・これで大丈夫??と思いつつも進むしかない狭い山道を進むと、在りました!!!!と云うより、発見しましたでした。

 車を駐車場に止めると、早速お出迎えをいただきました。
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 ワンワン吠えているのに、この有様でした。
 コリャー番犬にならないかも???(わが美術館のお隣の家のワンちゃんに心なしか似ているような?)

 お庭は、満開の桜でした。
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 後で判ったことですが、桜の前の凄い彫刻は、このアトリエのご主人、[柚野朝男]さんの作品です。

 ドアを開け、挨拶をして、建物に一歩入ると、美味しそうなコーヒーの香りが部屋中に広がっていました。
 建物の中は、山荘の様な作りで、とっても素敵な空間になっていました。

 一階は、彫刻の展示でした。
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 具象彫刻は無く、抽象彫刻でした。ガラス戸越しの庭にも、ご主人の制作された彫刻が、まるで地面からニョキニョキ生えてきた生き物のように並んでいました。
 この不思議な彫刻の素材はセメントで、ナイロン袋や布の袋で成形して創られたそうです。「簡単ですよ!」とおっしゃられていましたが、そう簡単には出来ないと思いました。

 二階(ロフト)が、絵画の展示になっていました。
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 ご案内状を送っていただいた朝倉文夫記念館の後藤館長の作品を始め、アートホールの展示会で知り合いになった藤野啓子さん、一緒にお酒を呑んだ山崎哲一郎さんの素晴らしい作品も展示されていました。

 ひととおり見せていただくと、「お飲物をどうぞ!」と勧めていただきました。
 素晴らしい作品を見せていただいた後で、コーヒーをたまらなく飲みたくなっていましたので、ラッキー!でした。
 美味しいコーヒーをいただきながら(私のコーヒーとは雲泥の差でした。)少しお話を伺っていると、次から次とお客様が来られました。正直、こんな山の中に・・・とビックリでした。
 ご主人は高校の先生をされて居られて、定年を機に、この地にアトリエを建て、彫刻に専念されることにしたそうです。
 あまりにたくさんのお客様が来られたので、早々に退散でした。もう少しゆっくりとお話をしたかったのですが・・・チョッと心残りでした。
 外にでて、ご主人の彫刻と桜を、ワンちゃんの道案内で楽しませていただきました。
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 帰る前に、お礼を申し上げると、態々、外までお見送りをいただいてしまいました。ありがとうございました!

 帰り道では、こんな光景にも出くわしました。
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 青空に菜の花や桜がチラホラ見える中、左から由布岳と鶴見岳、少し離れて高崎山がパノラマに拡がっていました。

 とっても楽しい気分で美術館に戻ると、何とお客様が在ったようで、カゴの中に500円玉が入っていました。
 どんなお客さまだったのやら?会えなくて、残念でした。

 とっても心がウキウキした一日になりました。

 さて、朝食を摂って、出動です!!今日は地域の初総会、引きつづいて愛宕神社の花まつりです。
 今日も、また楽しい一日になりそうです!!
 今朝もどんよりとした曇り空です。
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 雨は降っていませんが、今にも降り出しそうな感じです。

 さて、昨日です。
 いろいろ考えていて、気が沈んでしまっていたので、臨時休業にして、気晴らしに行ってきました。
 ブログを拝見させていただき、いろんな場所を教えていただいている【へんろみち大将】さん、お勧め?の穴場を二つ、どうしても行きたかったので、思い切って目指しました。
 と云っても、まずは腰痛の治療からでした。
 8時の開院に間に合うように整骨院へ行きました。既に、何人かの治療が始まっていました。で、わたくし目もいつものコースで治療開始。終わったのがやはり10時頃になっていました。
 で、まずは別府へ!
 『時代村』と云う今年の春に開館したばかりの博物館?骨董屋?資料館???です。
 場所は、血の池地獄のすぐ横とありましたので、行けば分かるだろう!!でした。ががが・・・血の池地獄に行ったのが、何せ小学校の修学旅行でしたので????幸い、坊主地獄がすぐに判りましたので、この近くだろうで、停車。駐車場の地図で確認すると、遥か離れた柴石温泉の先だと判りました。柴石には一度行ったことが在りましたが、これとて10年以上前の話です。とにかく、地図を頭に入れて、目指しました。で、到着。
 まずは、此れです。
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 血の池地獄の隣上でした。地獄の上だから天国????
 と云うことは、これが天国への入り口??
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 すぐ横の大きなタヌキの置物が出迎えてくれました。
 登り道脇には、植えたばかりの石菖(セキショウ)が、ずらりと並んでいました。
 門をくぐり、到着した先には、骨董品屋(美術品無しの)さんが・・・・・・。で、奥さんらしき方にご挨拶すると、ご主人が出てこられました。
 いきなりコーヒーをどうぞでした。無料ですと言われましたが、それではと入場料500円をお支払しました。
 それではと、ご主人の案内で本館へ案内されました。本館の方は、有料の資料館でした。
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 メインは、別府の昔の資料でした。どうも昔は、混浴だったらしくて、真っ裸の男女が、平気で一緒に温泉につかっていました。
 懐かしい『別府大仏』の写真もありました。
 ひととおりご案内いただいた後、コーヒーを頂きながらご主人の苦労話や武勇談をゆっくりとお聞きしました。
 元々は病院だったそうです。竹やぶに覆われていた建物を、切り開き、修復して、ようやく開館へ辿り着いたそうです。以前何かあり、マスコミ嫌いになったそうですが・・云々のお話もお聞きすることが出来ました。
  
 小一時間ほどして、では、と腰を上げ、外に出て、裏を見ると、こんなものが!
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 防空壕かと思っていましたら、病院の院長さんが文殊菩薩を納めていた洞窟だそうです。

 出口まで、お話をうかがいながら見送っていただきました。ありがとうございました!!

 で、次は、別府美術館でした。
 別府に来た時は、必ず立ち寄ります。展示作品は、ほとんど入れ替わりませんが・・・・此処で、何と先日お近づきになれた山崎哲一郎さんの作品に出合いました。

 で、次に目指したのが日出町です。
 まずは、二階堂美術館でした。
 相変わらず、ほとんどの展示作品が、日本画の巨匠と呼ばれる方の作品でした。でも・・・・・私には、この巨匠と呼ばれる方たちの作品の良さが、どうも良く判りません。800円の入場料が、500円の時代村より高く感じられるのは何故でしょうか?『品格』のある絵・・・私には無いもののせいでしょうかな?
 ところで、私の美術館の500円とはどうなんでしょうかね?やはり高いのかな???
 帰り際に、聞くとは無しに聞こえた電話の会話で、経営に苦労されて居られるのは何所も一社だな~!でした。 
 さて、次がどうしても行きたかった【回天神社】です。
 二階堂美術館で、地図を頂いて、目指したのですが・・・・目印になるものがほとんどありません。この方向で良いのかな??で、車を進めると、住吉神社の秋の大祭の幟が、家々に掲げられていました。「よっしゃ!」でしたが、これがいつまでも続きます。
 で、幟を目印に、ようやく到着しました。
 まずは、その案内板です。
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 入り口にも大祭の幟が立っていました。
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 参道を昇った先に、在りました!
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 【回天】です。
 と云っても、手前のエンジン部分が本物です。
 頂いた資料によりますと、【回天】は、一人乗りの人間魚雷で、全長14.75m、重量8.3tだったそうです。かなり大きなもので、昭和19年8月に正式採用されたようです。と云うことは、終戦までの1年間だけ開発研究がなされたことになります。
 以前、徳山沖の大津島の回天基地に行ったことが在りますが、その時の記憶が完全に忘れてしまっており、認識が全く間違っていました。2人乗りで真珠湾攻撃に参加したと思っていましたので・・・どこでどう間違ったのやら????9人の英霊って無かったですかね?2人乗りなのに9人の英霊、一人だけ捕虜になったので・・・の話を聞いたような気がしますが・・・・。(PCで調べました。真珠湾攻撃の特殊潜航艇と回天は別だったようです。)

 回天神社の中にある掲示物によれば、回天以外にもたくさん研究開発されていたようです。
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 この回天神社のある深江港は、戦争末期には、回天の軍事施設がたくさん築かれていたようです。 
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 この静かな入り江が、ほとんど軍事施設だったとは想像できませんね。
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 今は、シラスの産地なんだそうです。

 当時を知るのは、こんな壕のみです。
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 右の写真は、回天の保管壕ですが、明かりが見えている所まで続いています。

 神社裏には、何故か?長崎の被爆楠二世が移植されていました。
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 もっと一杯記事を書きたいのですが・・・・・。

 ただ最後に一言、

「こう云う時代が在ったことだけは、忘れてはいけない!」

 今朝の夜明けの様子です。
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 わずかに切れた雲間から、朝日が昇り始めた時の様子です。後光のような朱色の光が由布岳の登山口辺りから煌き始め、次第に明るさを増し、盆地に差し込むと、田畑から朝霧が生まれ始めました。
 残念ながらこの後、雲に隠されてしまいました。と、朝霧も・・・・・。

 お天気は晴れ、まだ涼しいのですが、日中は暑くなるでしょう!

 さて昨日の続きです。

 里村の降りて来ると、こんなものがあちこちに。
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 耶馬渓の八十八か所巡りの札所です。その内の一つだけお参りしました。

 こんな村おこしも・・・・。
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 民家の喫茶の看板でしたが、何処にあるのやら????(こんな処で、お客様って何人あるのかな?)

 羅漢寺の手前にこんなものが???
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 どうも此処の川原の石の様です。自然の造形は、不思議なものを作るものです。(真ん中のも自然が作り出したようです。)

 で、反対側は砂利の採石場です。
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 以前は、この採石場の下を道が走っていました。
 すぐ下の河原が此れです。
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 まだ若かったころ、友人と夜のドライブに来たら、ホタルがたくさん居ました。

 で、羅漢寺ですが、この岩山が旧羅漢です。
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 この岩山の窟に古い羅漢寺があります。山頂には確か国東塔?宝経印塔?が在ったと思います。

 橋の上から撮った耶馬渓です。
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 橋の反対側には、こんな綺麗なアーチの石橋もありました。
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 山国側のアユ釣りも解禁になっているのでしょうか?釣り人の姿も見えました。

 これで、<ひげ館長のチョッと寄り道>はお仕舞いです。
 
 ときどきは、こんな記事も良いでしょう!

 で、昨日ですが、9時過ぎに家を出て、嘗ての先輩のお宅を突然急襲の予定でしたが・・・家が判りません。やむなく電話で呼び出して迎えに来てもらいました。何せ、30年振りくらいですので・・・。で、少しお話をして、先輩の同級生である私の小学校の恩師のお宅を訪問。残念ながら、こちらは留守でしたので名刺を置いて湯布院へ向かいました。お昼を宝来軒のラーメンと立ち寄りましたが、定休日。結局、安心院まで車をとばして遅めの昼食になりました。
 ボーーーッとしている処に、先生から電話が入りました。八十近いお歳になられていましたが、大変お元気なご様子で、百歳まで頑張ると言っておられました。あの様子では、きっと大丈夫だと思います。その内に来て下さるとも言って下さいました。待っています!!

 夕方、遅れてきたカミさんと温泉に行き、出て来るとカミさんが湯あたりを起こしたようでダウンしていました。しばらく安静にしていると楽になったようです。一日の最後にとんだハプニングでした。

 さて、今日は朝から盆踊りに使う竹を取りに行きます。さて、大忙しが始まったようです。

 

 先ほど、由布院に戻ってきました。こっちも暑いけど、何か違います。
 文章で書くと・・・・気持ちいい空気!ですね。

 さて今日と明日は、<ひげ館長のチョッと寄り道>と題して、昨日出会ったものを載せてみます。
 その前に、まずはお隣の神社です。
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 朝の清掃で、ご覧の様に奇麗になりました。で、早速出発でした。
 日出生台の自衛隊を過ぎた処で、シカの死骸を発見!どうも車に撥ねられたようでした。(合掌)
 今回は時間もゆっくりあるので、以前良く通った耶馬渓に出る道を通ることにしました。安心院に出る前を羅漢寺方面へ曲がるコースです。
 で、院内のこの橋までは、いつものコースでした。
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 橋からの眺めです。深い谷川が好きで、通る度に車を停める場所です。
 此処で、道を間違えてしまいました。
 道を間違えたのはすぐ判ったのですが、まあ良いや!で、そのまま直進!!!
 道路標識は、県道667号線でした。
 で、まず遭遇したのが此れです。
 鳥居が・・・・・?
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 両脇の柱に、こんな文字が?????

 車を更には知らせると、また神社。
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 たぶん同じ言葉が刻まれているのでしょうが、こちらの鳥居の方が古いようです。
 その鳥居の横に・・・・。
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 こんなに奇麗なユリが咲いていました。

 しばらく行くとこんな景色にも巡り合いました。
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 青空に映える岩山です。

 限界集落と云う言葉を聴き始めて久しいですが、此処もだんだん畑が広がっていた筈ですが・・。
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 セイタカアワダチソウに覆われた畑や田んぼが、かなり在りました。嘗ては使われていたであろ云う名残も既に草に覆われて、朽ち果てようとしていました。

 この畑や田んぼを作っていた家族でしょうか?道路の脇に、廃屋が多数見られました。嘗て此処に住んでいた人たちは何処へ行ったのでしょうか?荒れ果てた家に笑い声が溢れていたのは何時だったのでしょうか?
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 あと何年かすれば、木に覆われて、それすら判らなくなってしまうでしょうね。

 明日へ続く・・・ 

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